平和憲法という仮面

バブル崩壊までの日本の戦後経済は、そのエコノミックアニマルの醜悪な顔を平和憲法という仮面で隠し続けてきた歴史とも言える。

戦後の自民党の政治家たちは良し悪しは別として、この仮面を非常に繊細かつ狡猾に利用してきた。いわゆる改憲派とされる政治家でさえ、この仮面の持つ国際的に絶大と言える効力を前にして改憲ではなく、共存を選んできたというのが実質と思う。

(自分のポジションを明確にする必要があるので記述するが、私は護憲派である。今回の記事はポジショントークと思っていただいても結構である。)

もちろん、護憲派改憲派のこの戦略(平和憲法という仮面を維持しつつ、実際にはその裁量部分を拡大し続けること)を見逃していたわけではない。少なくともこの仮面をかぶっている以上、「出来ない事」は歴然と存在するし、裁量部分の拡大速度も極めてゆっくりとしたものにならざるを得ないわけで、闘争の妥協点としては十分であった。

(この「出来ない事」というのは集団的自衛権だという風に護憲派は考えていたし、改憲派の中でもそれはアンタッチャブルな領域であったのだが、現実は厳しかった。「維持すること」がいかに難しいかということを如実に語っている)

さて、そういった護憲派改憲派の半ばプロレス染みた戦い(護憲派がジリジリとゆっくり下がって行く一方ではあったが)の様子が最近変わって来た。

先に挙げた集団的自衛権ということもそうであるが、現政権を節目として改憲論が大手を振って歩くようになったのだ。

これは、改憲派の台頭というよりも戦前の天皇主権であった大日本帝国的な統治を渇望する(私からすると一切共感できないが)いわば「懐古派」と呼ばれる人間の台頭と言ったほうがいいだろう。

なぜなら、改憲派が戦後70年近く採用し続けてきた「平和憲法の仮面を維持しつつ、実質的には色々出来るようにする」という戦略をぶち壊すものだからである。

もちろん、この戦略を取り続けてきた大きな存在として自民党があるわけなのだが、改憲派からすれば「俺たちがこれまで70年近く時間をかけてきたことをぶち壊しにしないでくれよ」という気分で満ち満ちているのだろう。

実際問題として、執行部の影響のない人間。つまり、自民党OBはこの懐古派の戦略について苦言を呈することが珍しくない。

だから彼らは解釈改憲には特段の不平を洩らさなかったにも関わらず(もちろん、時期尚早, もう少し時間をかけろ という意味での批判はあるが)、改憲そのものには苦言を吐き出すのだ。

このように、改憲派と懐古派は明確にその戦略が分かれる存在だが、昨今の情勢をみるに、改憲派と懐古派のどちらにも属するような人間が増えてきていると私は思えてならない。

本来、改憲派は社会情勢として日本が起こさなければいけないアクションを行うためという「手段としての改憲」であるのに対して、懐古派はまさしく懐古するための「目的としての改憲」であることを踏まえると、共闘は理解できるが、融合を理解するのは中々に困難である。

もし、将来的にこの「改憲派(改憲派+懐古派の派閥であるが、対外的には改憲派と総称されるもの)」の中で穏健派と過激派が出来上がった時、「穏健派」は「手段としての改憲」、「過激派」は「目的としての改憲」を考えているのではなかろうかと予言をして、この記事を終えようと思う。