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馬鹿を見る

正直者が馬鹿を見るという言葉がある。

なぜ正直者が馬鹿を見るのだろうか。その一つの理由を「この世が資本主義だから」という点に求めるのは誤りではないだろうと思う。

 

資本主義は非常によくできた原理で、その中でも特に素晴らしいのは「否応なしに発生する競争」にある。

資本を得る(資本主義社会で生き残るため)には競争を行わなければならないからだ。

この競争力(とそれに伴う技術(≒軍事力))の前に多くの社会体制が崩れ去って行った。

その結果、この世のルールは資本のルールに基づくものとなってしまい、善悪のルールが成立しなくなってしまったのだ。

 

善人至上主義という社会体制を我々が得るよりも前に、それを打ち負かす資本主義が台頭してしまった。

どちらが優れているというわけではなく、善人至上主義がグーなら資本主義がパーだっただけなのだが、相性として資本主義には勝てないのだ。

 

この不利な戦いの中で我々が選べるのは、資本のルールを利用して倫理の問題を解決するという手段でしかない。

つまり、倫理に欠けた行動に罰を与えるほかないわけである。

これには国家という枠組みが必要なのは明白なのだが日本では社会と国家を同一視する傾向が強いというものがある。

社会は資本主義に敗れ、その性質に染まってしまったのだから、コレを同一視していてはいつまでたっても解決しないのに