意味

この世界の片隅に」という映画がツイッター上で話題になっていた。

戦争というものに関わる映画らしく、それをみて「先の戦争の意味」というのを考えていたのだが、むしろ「意味」という単語についての興味がより深くなった。

 

「意味」という単語、それ自体が単純に指す概念自体に難点はない(と感じているだけで、実際は私の考え以上に複雑なのかもしれない)が、例えば子を失った親が言う「あの子の生きてきた意味」というような用法における「意味」という単語はどのような性質を持つのだろう。

 

この用法で使われる「意味」という単語は「何か失ったもの」というものの対比として使用されている。そして、その失うに至った経緯に非常に密接に関係していることは明らかだ。

 

多くの場合、一見するとこの対比から暗黙的に表される感情として「後悔」の感情があるように思える。

「何かを失った。誰かを失った。それを防げなかったのだろうか。」という感情だ。

しかし、「意味」という単語が使用されるとき、の失った事実を糧として何かを得ようという心の慟哭が垣間見えるのは私だけではないと思う。

つまり「意味が無かったこととならないように、コレからの時間を過ごそう」という前向きな意志だ。

 

非常に人間らしさに溢れていてよいと思う。

 

ここまで考えて、少し面白いなと思ったのは「意味があるということが無条件で善/良とされている」ことだ。

なぜ意味があることが無条件で肯定されるのだろうか。

誰か教えてください。